0004 睡眠から知る自分の物語

 前回の記事では自分の物語を綴ることは難しいと述べた。それは自動的にペンが走ることで作られる物語より、ペンを自分の手で握り物語を綴る方が大変だからだ。

 そこで自分の物語を綴る練習として、自分にとってよりよい睡眠を追究することが良いのではと思っている。

 睡眠という身近で誰もが経験することから始める。そうすると広大な自分の物語でも綴りやすいという考え方だ。

 他にも睡眠を軸にする理由はいくつかある。まずは理由を述べてから、具体的な方法を書いていきたい。

 睡眠を軸にすることを勧める理由

 睡眠の質を上げていくと、自然と物語を綴るために必要な気力が得られる。

 自分の物語を綴るには気力が必要になる。今まで自動的に作られた物語を読み直し、自分なりに世界の解釈を新しくする。

 そうするには創作したり、将棋で次の一手を考えたりするような頭の使い方が必要になる。そのため疲れているとうまくできない。そういうときは省エネモードになり、自動的に作られた物語に頼らざるを得ない。

 疲れているときに自分の物語を綴ることは難しい。そこで自分にとってベストの睡眠を追究する中で、自分の物語を綴る練習をする。そうすれば気力を保ちながら、自分の物語も綴れて一石二鳥だ。

 睡眠の質が上がることで考える余力が生まれる。すると、その次の物語も綴りやすくなる。睡眠を軸にすると、このようなポジティブなサイクルが回りやすい。

 自分の物語を綴ることを習慣化しやすい

 自分の物語を綴るときに大事なのは主観の部分だ。そこをどう綴るかで世界の見え方が変わる。ただ、その物語がつらいものだと綴りたくなくなる。

 ただでさえ綴るのが大変なのに、その内容がつらいものだと続かなくなる。自分の物語を綴ることは、スポーツを学ぶようなものと一緒だ。継続的に練習することで得られるスキルであり、脳のスポーツともいえる。

 そして継続するには以下の条件が含まれると、うまくいきやすい。

 ・行動自体が簡単なこと。

 ・結果が出るというフィードバックが早い。

 なぜダイエットのための食事制限や運動が習慣化しづらいか。それは食事制限や運動が大変(行動自体が難しい)、体重が減るのに時間がかかる(フィードバックが遅い)。このふたつが邪魔するからだ。

 その点、睡眠に関してはこのふたつのデメリットが少ない。

 不眠症の人などを除いて、睡眠は基本的に眠気が来たら寝るというように自然と行われる。このように睡眠という行動自体は難しくない。

 また睡眠の質という結果は毎日得られる。後述するが、それは寝覚めの感覚を基準にするからだ。

 睡眠時間が短いときの倦怠感や、ぐっすり眠れたときの爽快感。このような誰もが経験する感覚を基準にする。

 睡眠という行動自体を習慣化する必要がなく、また睡眠の質の結果もすぐにわかる。この継続のしやすさは自分の物語を綴る上で重要だ。

 睡眠は客観と主観の組み合わせをシンプルにできる。

 自分の物語は客観と主観によって構成されている。これが複雑になればなるほど自分の物語を綴るのに必要な労力が跳ね上がる。

 例えばトラウマと向き合い自分の物語を綴ろうとすると、いくつもの要因が影響する。客観としては、どのような出来事でトラウマが起きたのかを考える。昔のことであれば客観的な情報の記録すらないかもしれない。また、そのときに自分はどう感じたかという主観はさらに曖昧だ。

 PTSDなどのトラウマ体験を克服するには精神科医などの専門家とともに、ときには年単位の時間をかけて取り組んでいく。これもある種の自分の物語を綴るための行為であるが、ひとりで取り組むにはハードルが高い。

 その点、睡眠は客観と主観のセットを比較的シンプルにできて、ひとりでも取り組みやすい。

 それは睡眠時間という客観的な指標と、寝起きの気分という主観的な感覚のセットだ。

 もちろん睡眠の質を上げるには寝具など睡眠時の環境も影響する。しかし最初は睡眠時間だけを客観の指標とする方が良い。あくまで自分の物語を綴るために睡眠を利用するからだ。

 そのため最初に設定する要素はシンプルにした方が考えやすい。要素が多ければ多いほど、自分の物語を綴るのが大変になり嫌になってしまうからだ。

 このように要素を少なく設定できることも、睡眠をおすすめする理由のひとつだ。

 他のことも軸にはできる。ただし注意が必要。

 睡眠を軸にすることを勧めるのは、自分自身がうまくいったからだ。つまりこれは私自身の物語でもある。そのため、もちろん他のことを軸にしても問題ない。例えば食事や運動を追究して自分の物語を綴ることも可能だ。

 食事や運動によっても自分の物語を綴るために必要な気力は得られる。しかし、これらは睡眠よりも基本の要素が多くなりがちだ。

 食事は人によるが1~3食を1日で取るし、食事内容が変われば主観も変わり検討することが増えてしまう。運動も週何日やるのか、どのような運動をするのか。同じ様に最低限、決める要素が多い。

 それでも継続できるのであれば問題ない。もともと食事や運動に興味があった人なら、ある程度要素が多くても負担にならず継続できるからだ。逆に睡眠障害がある人は睡眠を軸にすると負担になってしまう。軸を何にするか、これも自分の物語を綴ることにつながる。

 ただ、特にこだわりがなければ継続しやすい睡眠をおすすめする。やはり自分の物語を綴るには、きちんと寝て頭が働かないと難しいと思うからだ。

 具体的な方法

 ここからは具体的な方法を書いていきたいと思う。

 まずは睡眠における客観と主観の記録方法を考える。

 客観とは前述したように睡眠時間のことである。自分の物語を綴るには、まず記録することが大切だ。

 記録なんてしなくても普段どれくらい寝ているかは把握していると思うかもしれない。

 しかし大事なのは6時間の睡眠は月何回あり、またどのような日に8時間眠れたのかを知ることだ。普段の睡眠時間は、だいたい6~7時間かな。このような表現は自動的に作られる物語と一緒だからだ。

 そのためにまずは日々の睡眠時間を記録する方法を考える。普段やっていないことを始めると、つい忘れてしまうこともある。だからこそ、自分なりにどう記録するか考える。

 この段階から自分の物語を綴ることを意識する。大事なのは「自分」が記録できる方法を考えることだ。

 ノートを使って睡眠時間を記録している人がいたとしても、それが自分に合うかはわからない。就寝前もスマホをいじる人は、スマホで記録をつける方が効率的だ。

 あるいはアップルウォッチのような睡眠を記録するデバイスを持っている人は、自動的に記録されているかもしれない。

 大切なのは「自分」が継続して睡眠時間を記録するにはどうすればいいか。そのことを考えることが自分の物語を綴ることにつながる。

 記録の時点でここまで考えるなんて面倒くさいと思う人もいるかもしれない。

 ただ自分の物語を綴るというのは基本的に面倒くさいことだ。面倒くさいことを避けるために自動的に物語が作られるようになった。そこに抗うことはイコール面倒くさいということだ。

 だからこそ少しでも続けやすい睡眠を軸にする。そして大事なのは面倒くさいことを、何も考えずそのまま取り組むことではない。面倒くさいことを「自分」が続けるには、どうすればいいか。この方法なら「自分」は楽に継続できる。そうやって考えることが自分の物語を綴ることにつながる。

 これがネガティブな物語を、そのまま受け止めるのではなく自分なりに綴ることの練習になる。

 そして記録は主観の方でも行う。睡眠においての主観とは寝覚めの感覚である。しかし睡眠時間のように数字で測れるものではないため、ここでも自分なりの工夫が必要になる。

 つまり寝覚めの感覚という形がないものを、自分なりに評価するにはどうすればいいか。その方法を考えることだ。

 例えば起きたときの気持ちを100点満点で点数化するかもしれない。もしくは起き抜けでスマホのパズルゲームをやる人だったら、そのときのハイスコアの点数を指標にしてもいいかもしれない。質の良い睡眠を取れたらスコアが上がると考えて記録してみる。

 方法はどんなものでもいい。大事なのは寝覚めの感覚を自分なりの指標で記録することだ。どういう指標なら継続して記録できるかを試行錯誤する。

 主観の記録方法の例として、医療の現場における痛みの記録の仕方を挙げておく。自分なりに考えたい人は飛ばしてもらっても問題ない。

医療現場での痛みの記録方法

 医療の現場で痛みの記録という、寝覚めの感覚と同じ様に形がないものを記録する方法が複数ある。

 ひとつはNRS(Numerical Rating Scale)と呼ばれるものだ。なにか痛みがあったときに医療者からMAXの痛みを10点としたときに痛みは何点なのか。このように問われたことはないだろうか。これは痛みを数字で表したものだ。

 NRSはデジタルだが似たようなものでアナログ的なVAS(Visual Analog Scale)というものもある。これは10cmの線を用意して左端は痛みが0、右端をMAXとして、そのどこに痛みが当てはまるかを伝える。数字だと答えづらい人でも、線分上の点だと答えやすい人もいる。

 そして小児などの領域では5段階の表情で痛みを表現するフェイススケールというものも存在する。

日本ペインクリニック学会より引用

 このように痛みという主観を記録する方法もさまざまある。このようなものも参考にしながら、自分なりの方法で寝覚めの感覚を記録してほしい。

 睡眠時間という客観、寝覚めの感覚という主観、この両方の記録を続けていく。そうすると「自分」のベストの睡眠時間がわかってくる。今まで7時間で十分だと思っていたら8時間寝た方がスッキリしていた。このようなことが記録するとわかってくる。

 そして記録を続けながら考えていく。記録を続けていると徐々に気がつくことが増えていく。例えば睡眠時間が長いのに、寝起きのスコアは悪いときがある。すると睡眠時間以外にも調整することがあるのではと思考が広がっていく。

 ここにきてようやく睡眠時間以外の要素を検討する。少しずつ「自分」のベストな睡眠を模索することが自分の物語を綴る練習になる。

 しかしこの「自分」というのが実は曲者である。次の記事では、この「自分」のベストというところに陥る落とし穴や注意点について述べていく。

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