第二十四話 本心

「でもただ寝てるだけなんじゃ」

「どうだろう。彼女はこんな状況の後、すぐにぐっすりと眠れるとは思えないよ」

 楠本も考え込みながら心配そうな顔をしている。

「行こう!」

 仲間が立ち上がる。

「行こうってどこに? 家にいないんだし」

「だったら一番怪しい神社に行くまでだ」

 たしなめる楠本の言葉も意に介さず、仲間はドアへと向かう。

「ほら! 秀俊くん!」

 仲間がせかすように声をかけてくる。

「え。僕もですか」

「何言ってるんだ。ここまできて」

「でも……。僕なんかが行っても」

「どういう意味だ」

 仲間の目つきが鋭くなる。

「だって呪いがかかっていない僕にできることなんか」

 そう言って口をつぐむ。呪いのかかっていない自分。それは彼女と縁を結んでいないということの表れ。心の中では呪いについて聞かされた時点で、そのことはわかっていた。自分が彼女に近づいた理由は打算的な理由だった。この家から逃げ出したい、その一心で。

 この息の詰まるような家。ルーチンのように繰り返される勉強の日々、そんな中、出会った呪いを解くという言葉。それは自分にも当てはまると思った。その言葉の非日常感。そこに魅了された。だからこそ没頭して、手助けをした。それもこれもすべて自分のため。

 しかし、その報いを受けたのかもしれない。呪いの原因がこの家であり、結局は一歩も抜け出せていない。ただ引っかき回して、この家のようにぐちゃぐちゃにしただけだ。そして彼女も傷つけた。こんなわずかにも呪いの影響を受けない自分のことしか考えていない人間が、手助けをしようとするなんておこがましい。

「それがどうした」

 仲間が低い声でつぶやく。

「どうしたって。そんなやつが手助けしたっていいわけがない」

「じゃあ誰が彼女のもとに駆けつけてやれるんだ。呪いの影響で、彼女のことを大事に思っている人ほど助けることが難しくなる。今手助けできるのは呪いの影響がない私たちだけなんだぞ」

 なぜこの人はそんな堂々としていられるんだろう。このふたりだって何か思惑があって彼女に近づいたんじゃないのか? それなのに、それを暴かれたようなものなのに。なぜ間髪をいれず彼女の元へ向かえるのだろう。

「あなたたちだって呪いがかかってない。だから彼女のことなんてどうだっていいんだ。何か裏があって近づいてるんでしょ。じゃなきゃ大人ふたりがよってたかって高校生に群がるわけがない」

 仲間の堂々とした姿を正視できずについ思ってしまったことを口に出す。

 すると彼女が近づいてきて両肩をつかんだ。その力の強さに思わず顔をしかめる。しかし彼女の顔を見ると、その表情はとても悲しげだった。

「おそらくそれは違うんだ」

 そこで、いつも歯に衣着せぬ物言いの仲間が言いよどんだ。しかし少し間を置いて秀俊の顔を見る。

「この呪いは氏神信仰が基礎となって生まれてるんだ」

 仲間はつかんでいた両肩から手を離す。

「氏神信仰。この言葉は知っているか」

 秀俊は首を振る。龍奉神社の歴史について調べたときに、そこまでは調べなかった。

「氏神信仰というのは、ある土地にいる神様を周りの地域に住んでいる人たちが共同で祀ることだ。ここでは龍神が氏神にあたる」

 仲間の説明を聞き理解する。たしかにこの地域は龍神の名を冠した場所も多い。それは龍神が氏神であり、その土地に根付いたものだったからか。

「そして共同で祀る人々のことを氏子と言う。おそらくこの呪いは氏子に対して発動している。だから部外者である私たちにはなんの影響もなかったんだ」

 彼女らは観光でこの街に来ていた。だから氏子ではない部外者のふたりは呪いの影響を受けていない。

 それはつまり純粋に彼女のことを思って、そしておそらく縁を深く結んだ上で手助けをしている。

「じゃあ本当に縁を結んでいない薄情者は僕だけってことですか」

 自分の愚かさに呆れてくる。勝手に同じ状況だから、同じ考えだと想像して怒りをぶつけた。一緒に穢れた存在として落ちようとしたのに、もともとそんなものは存在しない。穢れた存在は自分ただひとりだった。

「田島くん。それは違うよ」

 気がつくと楠本が近くにいて背中に手を当てていた。

「現に君は彼女のことを手助けしていたじゃないか。呪いについて調べたり、お母さんの監視の目をくぐって呪具も見つけてくれた」

「でもそれは」

 それはすべてこの家から逃げ出したかったから。全部自分のためであって彼女のことなんて考えていない。そのせいで呪いがたまたま起きなかったから動けていただけだ。

「君がなんで呪いにかかっていないかまではわからない。それでも僕たちは一緒に来てほしいと思ってる。君がどれだけ自分を薄情者だと思っていても僕はそう思わない」

 楠本は秀俊の言葉を遮って話す。

「田島くん。一緒に来てくれないか」

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