第十九話 けいれん
「母さん!」
真っ先に秀俊が駆け寄り、その後すぐに楠本も駆け寄る。楠本が仰向けに寝かせた愛美の姿を見て忌子は恐怖する。愛美は目を閉じて全身を震わせていた。手足が無秩序に動きのたうち回るようだった。
「田島くん。バスタオルを何枚か持ってきてくれる? 仲間さんは救急車を!」
楠本の指示を受けて秀俊はリビングから出ていく。仲間はスマホを取り出して電話をかけ始める。あのときと同じだ。気がつくと同時に忌子は楠本のもとに駆け寄る。
「何かできることありますか?」
「少し服を緩めてあげられるかな? 呼吸がしやすいように」
楠本に言われた通り、シャツのボタンを緩めようとする。全身ががくがくと動いているため外しにくいがなんとか三つほど外して胸元を緩めた。そしてきつく締められていたジーパンのベルトも緩める。改めてこんな時間に寝間着ではなく、外に出るような格好をしていたことに気がつく。もしかしたら秀俊のことを探しに外に出るつもりだったのかもしれない。
「タオル持ってきました!」
秀俊がいくつかのバスタオルを脇に抱えて戻ってくる。楠本がバスタオルを受け取ると一枚を何回か折りたたみ厚みを出す。もう一枚は広げた後に半分に折りたたんだ。そして厚みのあるタオルを忌子に、半分に折りたたんだタオルを秀俊に渡す。愛美は時折声を上げながらもけいれんが続いていた。
「ふたりとも僕が彼女の頭を持ち上げるから、そうしたら八乙女さんは肩の下に、田島くんは頭の下にタオルを入れてくれるかな?」
その言葉と同時に楠本が愛美の頭頂部の方に回り両手を彼女の肩の下に滑りこませる。そして両腕で彼女の頭を挟み持ち上げた。彼が持ち上げたスペースにそれぞれタオルを滑りこませる。ゆっくりと楠本が愛美の頭をタオルの上に乗せる。肩に入れたタオルは高さがあるため愛美の首は少し反らした形になっていた。楠本が頭に入れたタオルの高さを調整している間に彼女の全身の震えが少しずつ収まっていく。
しかし目は閉じたままで両目からは涙が一筋流れていた。その姿はまるで泣き疲れて眠っているかのようだった。震えが収まった姿を確認した楠本は愛美の顔を横向きに向ける。
「仲間さん。救急車呼べた?」
「ああ。秀俊くん。確認だが、ここの家の住所ってこれで合っているか?」
仲間はどこからか見つけたダイレクトメールの宛先を秀俊に見せていた。
「はい。それです」
「だったら大丈夫だ。ここにちゃんと救急車はやってくる」
「そっか。ありがとう。田島くん。お母さんがけいれんしたことは今までもあったの?」
「いえ初めてです。あの大丈夫なんですか?」
秀俊が心配そうに愛美のことを見つめている。
「けいれんは短時間で自然に止まったし、呼吸や脈も問題ない。今は大丈夫だから安心して。あとはけいれんが起きた原因次第だけど、こればっかりは病院で調べないと」
楠本は励ますように声をかけるが、最後の言葉を聞いて秀俊の不安は拭えていない様子だった。
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて徐々に近づいてくる。普段町中では聞き慣れている音だ。しかし、これが自分たちに関係があると思うと、助けが来たという安心感や救急車を呼ばざるを得ない状況に対する不安がやってくる。
「えっと、ご家族の方ですか?」
秀俊が案内した救急隊員たちは部屋の中の惨状に驚きながらも、横になった愛美に駆け寄っている。
「いや家族は息子の彼だけで、後は友人です」
仲間の説明に訝しげにこちらを見ていたが、楠本が医師と名乗り起きたことについて話し始めると、そちらに集中し始めた。
「僕は彼に付き添うから仲間さんは彼女を家まで送ってあげて」
愛美がストレッチャーに乗せられると楠本が車の鍵を仲間に渡す。そして秀俊とともに救急車へ乗りに家を出ていった。仲間と取り残された忌子は緊張が解け、ため息をつく。同時にこれから先のことに対する言い知れぬ不安が頭の中を占めるようになっていった。