「言葉にできない」が大切になる未来:AI時代に平等になるものと差別化できること

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ChatGPTの登場をきっかけに、AIのサービスはどんどん進化していますよね。最近では音声での対話AIも、かなり自然なやりとりができるようになってきました。
もちろん、まだ間違った情報が混ざることもありますが、そういった部分もきっとこれから改善されていくでしょう。
こうしたAIの進化によって、私たちの内面世界を言葉にすることが今よりずっと簡単になると思うんです。
そうなると、もっと多くの人が自分自身のことを深く理解できるようになりますよね。
ただ一方で「言語化による理解」は、自分の内面世界を映した『デジタル写真』だと捉えないと、問題が出てくるかなとも感じています。
なぜかというと、内面世界を言葉にするとき、どうしても失われてしまう部分があるからです。
この「言葉にできない失われた部分」を心の中にちゃんと抱えておける力が、これからの時代に大切なスキルになってくると思います。
まずはAIによって内面を言語化しやすくなる未来を考えてみたいと思います。そのあとで「内面世界のデジタル写真」についてや、失われた部分を抱えておく力について考えてみたいと思います。
目次
AIの進化と内面世界の言語化
以前、「言葉で上げる自分の解像度:内なる想いを伝えるチカラ」というエッセイを書きました。
∞TORY


言葉で上げる自分の解像度:内なる想いを伝えるチカラ | ∞TORY
自分の物語を綴るということは、自分自身と向き合うことでもある、と私は思っています。 自分が世界をどう認識しているのか、そしてどんなふうに認識したいのか。そのうえ…
このエッセイでは、自分の内面世界の理解を深めるには「言語化」が大切だという話を書きました。
そして、この言語化の過程でAIがとても役立つようになると感じています。
内面世界の解像度を上げるには、対話を通じた言語化が必要なんです。例えば:
- 「なぜ自分はこういう行動をしたんだろう?」
- 「なんでこんなにつらい気持ちになるんだろう?」
- 「どうして自分はこれを楽しいと感じるんだろう?」
こういった「形のない想い」を言葉にすることで、自分自身への理解が深まっていきます。
「そうか、私はこういう人間なんだ」という気づきが生まれるんですね。
こうした過程は、自分との対話、他の人との相談、あるいは物語を通じた理解によって進められていきます。
今はAIの精度もかなり上がっているので、この過程をAIとの対話によって行えるようになってきたと感じています。
では、このAIを使った内面の言語化のプロセスを、①自分との対話、②他者との相談、③物語を通じた理解、の3つに分けて考えてみます。
自分との対話をAIがサポート
自分自身と対話するとき、どんな質問をするかがとても大切です。ピントのずれた質問では、自分を深く理解することが難しくなってしまいます。
このときにAIがこの質問作りを手伝ってくれたらどうでしょう。
自分の状況を伝えて、「今の自分の気持ちを言葉にしたい」とお願いしてみる。
AIは同じような状況で悩んだ人の情報などを元に、適切な問いかけをしてくれるでしょう。
その質問に答えていくうちに自分の気持ちが言語化されていき、内面世界がだんだんクリアになっていくんです。
他者との相談にもAIを活用
ときには、誰かと話すことで自分の気持ちが整理されることもありますよね。
楽しかったことを共有したり、つらい経験を相談したりする中で、自分の内面世界の理解が進んでいく。
今は応答速度などの課題もありますが、音声対話AIがさらに進化すれば、この過程もAIで代用できるでしょう。
AIなら嫌な顔ひとつしないで、どんなに長い話でも聞いてくれますし、幅広い知識でどんな話題にも対応してくれます。
同じ趣味や環境の人と話すよりも、思いがけない視点からの言葉をもらえることすらあるかもしれません。
気兼ねなく話せるAIがいれば、対話を通じて内面世界の理解がどんどん深まっていくんじゃないでしょうか。
物語を通した理解もAIと
また、私たちは物語を通じて自分の内面世界を理解することがあります。
似た境遇の人の体験談やフィクションを通して、自分自身の気持ちに気づいたことはあるんじゃないでしょうか?
これからはAIが話を聞いたうえで、ぴったりの物語を見つけてくれたり、オリジナルの物語を作ってくれたりする未来もあり得ると思うんですよね。
今まで自分に合った物語を探すのは大変でしたが、AIによってその労力が減り、より多くの物語に触れられるようになる。そうすることで、内面世界の理解がさらに深まっていくんじゃないでしょうか。
AIによる平等化とリスク
「自分との対話」「他者との相談」「物語を通じた理解」
現在のAIはこれらを完璧にこなせるほどの応答速度や精度はまだないかもしれません。
でも、それは時間の問題だと思うんです。技術が進化すれば応答はもっと速くなりますし、多くの人がAIを使えば使うほど、学習も進んで精度も上がっていくはずです。
これは素晴らしいことだと思っています。なぜなら、内面世界の理解を深められるかどうかは、これまで個人の能力や環境によって大きく左右されてきたからです。
自分に問いかける力はスキルですし、他の人に相談するにはコミュニケーション能力が必要です。物語から学ぶには読解力が求められますよね。
こうした能力は生まれ育った環境や先天的な特性に影響されてしまいます。
例えば、幼い頃に虐待を受けたり、学校でいじめられたりした人は、他人に相談することに強い抵抗を感じるかもしれません。また、ディスレクシアのような読字障害がある人や、読書習慣がない人は、物語から学ぶことが難しいでしょう。
AIならこうした差を縮めることができます。コミュニケーションが苦手でも、AIはいくらでも話を聞いてくれますし、伝え方がうまくなくても何度でもやり直せます。音声対話なら文字を読むのが苦手な人でも問題ありませんし、物語も自分が理解できるように要約や解説をしてくれるでしょう。
このような対話を続けるうちに言語化の能力も自然と高まり、自分自身との対話も上手になっていくと思います。
いずれAIは私たちの良き話し相手やパートナーのひとりとして迎え入れる未来もあり得ると想像しています。
好きな見た目のアバターで、表情を変えながら話を聞いてくれるAIが生まれたら、多くの人が利用したくなるんじゃないでしょうか。
言語化は内面世界の『デジタル写真』
一方で、AIによって内面世界の理解を深めることにはリスクもあると思っています。
それは、言語化によって内面世界がすべて表現できると誤解してしまうことです。
言語化がどれだけうまくなっても、表現しきれない領域が内面世界にはあります。
たとえば、大切なペットについて誰かに説明するシーンを想像してみてください。
「1歳の茶色い柴犬で、とても人懐っこくて、誰にでも尻尾を振る」などと言葉を重ねるほど、相手の中でその柴犬のイメージは具体的になっていきます。
でも、どれだけ言葉を尽くしても伝えきれない部分がありますよね。あなたがどれだけその柴犬を大切に思っているか、どんな思い出を共有しているか。そういった感情や経験は言葉では表現しきれないものです。
言葉は基本的に他者とコミュニケーションするためのツールです。円滑にするために情報の一部は切り捨てられてしまいます。
このことを私は「内面世界をデジタル写真で表現する」と呼んでいます。
高精細な写真を何枚も撮ったとしても、そのときの雰囲気を完璧に残すことはできません。
それと同じように、どれだけ言葉を尽くしても、失われてしまうものがあります。
もちろん言葉による表現がうまくなり、内面世界の解像度が上がるのは素晴らしいことです。
粗いモザイクの写真より、高精細な写真の方が好まれるのと同じです。
しかし、言葉での表現はあくまでもデジタル写真にすぎません。
どれだけ高精細になっても、内面世界のすべてを表現できるわけではないんです。
この感覚を忘れてしまうと、AIとの対話にはリスクが生じます。どんな悩みや思いを伝えても、AIは必ず言葉を返してくれます。しかもとても流暢に。
人間は「流暢性バイアス」といって、流暢に話された内容に説得力を感じやすい性質があります。
そのためAIが流暢に言葉を返してくれると、自分の内面世界がすべて言葉で表現できるような錯覚に陥りやすくなります。
でも、AIには言語化によって失われる部分を理解したり受け止めたりする能力はありません。
なぜなら、AIは言語というデジタル写真の部分だけで構成されているからです。
AIによる言語化が進めば進むほど、もともとは内面世界に存在していた領域が、最初からなかったかのように思い始めるのではないでしょうか。そうなると、その領域を大切にする能力が失われてしまうかもしれません。
それは、あらゆる経験や感情を言語というデジタルで表現したいという欲求につながるのではと心配しています。
もともと人間は「白黒はっきりさせたい」「グレーなものは受け入れがたい」というデジタル的な欲求を持っています。
でも、AIとの対話のリスクはもっと深いところにあると思うんです。
例えば「白黒はっきりさせずグレーなものを受け入れる」という考え方も、言葉では表現できますよね。問題は、そうした言葉で表現できるレベルを超えた、もっと感覚的なものや言葉にできないものを大切にする能力が失われるリスクなんです。
だからこそ、この「言葉にできない内面世界の領域」を大切にする能力が、これからますます重要になってくると思います。
ネガポジ・ケイパビリティ
ここから先は、この領域をそのまま抱える方法について考えてみたいと思います。
言葉にできないものを無理やり言葉で表現するという試みなので、感覚的に見えるかもしれません。
なるべくイメージしやすいように書いてみたので、よろしければ続きを読んでみてください。