第十六話 夜中の邂逅
外は暗くなり、時刻は一時を越えていた。離れの居間で忌子たち三人は秀俊のことを待っている。楠本も夜間診療所の仕事が終わったら、その足で離れへと来てくれていた。
「なんでわざわざ夜中に来るんだ」
「それは考えたってわからないって結論が出たじゃないか」
彼を待っている間になんどもあの昼の行動の真意を三人で話し合っていた。しかし情報もほとんどなく議論は堂々巡りとなってしまう。謝罪の意志が書かれていたから、あのお昼の行動は本意ではなかったということが推察できるくらいだった。
そこから、さらに一時間は待っただろう。もはや話すことも無くなり、みな机につっぷしたり目を閉じたりして休んでいた。
すると突然、仲間が机から顔を上げる。
「一体、どういうことだ」
玄関の方に仲間が目をやった瞬間にインターホンが鳴る。画面には秀俊の姿が映っていた。
仲間の発言の意味がわからず、忌子は応答してよいかわからなくなる。
「とりあえず彼を中に入れてやってくれ」
仲間の言う通りインターホンに出る。
「今、鍵開けるから待ってて」
忌子は玄関に向かい鍵をあけて扉を開く。目の前にはリュックを背負った神妙な顔つきの秀俊が立っていた。
「お邪魔します」
家の中に入り靴を脱ぐ間も彼は無言だった。居間に戻ると仲間が秀俊のことを凝視しているのが目に入った。
「なんで君が呪具を持っているんだ」
仲間の言った内容に耳を疑う。
「やっぱりこれがそうなんですね」
忌子が驚いている中、秀俊はリュックを下ろしてファスナーを開ける。そこから取り出したのは手のひらに乗る程度の木箱だった。
「呪具って……」
「ああ。これがおそらく君にかかっている呪いの原因だ」
そう言われて秀俊から距離を取る。手に持っている木箱が急に禍々しく見えてくる。これが呪いの原因。それをなぜ彼が持っているのだろうか。
「なんで田島くんが……」
思った疑問がそのまま口をついて出る。
「先に言っておきたいんだ。たぶん信じてもらえないとは思うんだけど。僕は何も知らないし、手助けしたいって気持ちも本当だってことを」
彼が木箱を机に置きながら話す。しかし話を聞かない限りは信じるかどうかも判断できない。
「これは僕の家にあったんだ」
忌子が黙っていると秀俊は話を続けた。
「具体的にどこにあったんだ」
仲間が質問をする。
「家には神棚があるんですけど、そこに」
「どうして今まで気がつかなかったんだ。そんなところにあったのに」
矢継ぎ早に質問する仲間に秀俊が口をつぐむ。
「ちょっと、そんなふうに聞いたら萎縮しちゃうよ。田島くん。順を追って確認させてもらって良い?」
楠本が割って入る。秀俊はほっとしたように息を吐いてうなずいた。仲間も自分で聞くよりもよいと判断したのだろう。黙ってまた椅子へと座り込む。
「まずはお昼にあったこと……。いや昨日のことから教えてもらっていいかな?」
楠本が言っているのは、朝に資料を渡してきた日のことだ。その日は予備校が終わったら会いに行くと言っていたのに来なかった。差出人不明の手紙が届いたことで、うやむやになっていたがそれも不自然な行動だった。
「実は母さんに監視されてて、家に行けなくなったんです」
「お母さんが原因だったってこと?」
楠本の質問に秀俊はうなずく。
「ちょっと待ってくれ意味がわからないんだが」
忌子と同じ疑問を仲間が口に出す。
「あっ、すみません。あの日、言った通り予備校の後に顔を出そうと思ってたんです。でも家に帰った瞬間、母さんが待ち構えていて」
そこで一度、彼は口をつぐむ。まるでそのときのことを口に出すことすら恐ろしいとでもいうかのように。楠本は口を出さず、彼が言い出すのを待っている。
「そのとき、この家に行ったことを知っていたんです。朝だって自習室に行くって言って家を出たのにもかかわらず」
一息に言った秀俊の顔は怯えているようだった。
「母さんは僕のスマホに監視アプリを入れているみたいでした。いつどこにいるのか。録音もしていたのか話した内容すら知っていました」
「それでお昼もあんなことを」
「はい。もう二度と八乙女さんと会うなって釘を刺されて。だから予備校まで来たときは困りました。会話を聞かれてると思ったらああするしかなくて」
彼の話している内容に驚きを隠せなかった。母親が監視する。しかもどこで何をしているのか。わざわざ会話の内容まで聞こうとして。今日あった彼女の姿からは想像することすらできなかった。
「それでわざわざ手紙をねじ込んだってこと?」
「はい。会話はできないから。でも楠本さんがいて助かりました。仲間さんたちのポケットにねじ込んだら捕まっちゃうだろうなって後で思いましたから」
そう言って、彼はフッと笑った。
「それで、その木箱はどうやって見つけたの」
楠本がさらに促す。
「これは明らかに母さんがおかしかったから。これだけ会わせないようにするなんて理由があると思って。それで家の中を探したら神棚にこれが」
「でもそれが呪具ってよくわかったね。仲間さんは呪いが見えるけど君は違うんだろう」
「誰だって中身を見ればわかると思います」
そう言って彼は木箱の蓋を開けた。忌子はその中を覗きこんで、その気持ち悪さに気がつきすぐに顔を離す。
箱の中には大量の髪の毛と、そこに埋もれるように忌子の顔写真が入っていた。
「これは……」
楠本も中身を見て絶句する。仲間だけが中をまじまじと覗き込んでいた。
「中身を見た瞬間に、仲間さんが言っていた呪具だって確信しました。これだけいかにもって感じだったら呪いが見えなくたって気がつきますよ」
さすがに自分が見たって、この異常さは伝わってくる。呪いについて知ったのであればなおさらだ。
「ただこれをどうすればいいかわからなくて」
「そうだな。呪具と儀式は必ずセットになっている。これは神棚に置いてあると言っていたな。何か神棚に対して儀式のようなことをしてるのを見たことがあるか」
仲間の問いかけに秀俊が何かに気がついたような顔をする。
「何か心当たりがあるんだな」
「はい。えっと、毎日母さんがお祈りしてました」
「それは怪しいな。具体的にどんな儀式だった」
「それはよくわからないです。なんかぶつぶつとお祈りの言葉を言ってるんですけどなんて言っているかまではわからなくて」
「そうか。神棚となると専門は君の方だ。何か思いつくことはないか」
急に話を向けられて、頭が追いつかない。目の前に自分の顔写真と大量の髪の毛が入った呪具が、友人の自宅から発見された。その事実を受け止めることすらまだできていない状況で、何か思いつけと言われても難しい話だった。
しかし、それでも何か考えないわけにはいかない。彼の家の神棚、そこでお祈りをする母親。その状況を想像してみる。部屋の中はイメージできる。なぜならそこに行ったことがあるから。そのときに彼の家に行ったときのことを思い出す。
「田島くん。神棚に対してお祈りしてたって本当?」
忌子の問いかけにうなずく。
「でもなんで神棚封じをしてないの?」
「神棚封じって?」
秀俊が質問する。
「君は最近、身内が亡くなったのかい?」
仲間が尋ねた質問に、秀俊は顔をこわばらせながらもうなずいた。
「はい。父さんが事故で……」
忌子は清司と神葬祭のために秀俊の自宅に行ったことを思い出していた。
「神棚封じっていうのは、人が亡くなってから五十日を過ぎないと忌明けにならないの。その間は神様に穢れがいかないように神棚に半紙をつけてお参りもしちゃいけないの」
「五十日ってことは……」
「先月亡くなったばかりです」
楠本の質問にかぶせるように秀俊が答える。
「そうなると穢れを利用した呪いって可能性は高そうだ。キコくん。この家に半紙はあるか?」
「ありますけど……」
仲間の言葉を聞いて不安がよぎる。
「仲間さん。もしかして」
楠本も同じ不安を感じたのだろう。
「ああ。神棚封じをしようじゃないか」
「それで呪いが無くなるんですか?」
「それはわからない。まだ儀式の全貌がわからないからな。ただ神棚封じによって、君や呪具から出てる呪いが消えれば効果ありだ。その判定は私ならできる」
「でもこんな夜中に大勢で押しかけたら……」
秀俊も気が引けている様子だった。
「何言ってるんだ。君が神棚封じをするんだ。さすがに私たちが家に入るわけにはいかない」
「えっ!」
秀俊自身の手でやるとは思ってもみなかったのだろう。それは忌子も同じだった。てっきり自分が秀俊の家に忍び込んで神棚封じをやると思っていた。
「僕ひとりで」
秀俊の不安な表情が目に入る。不安というよりは怯えに近い表情だ。息子の行動を逐一監視する母親だから当然だろう。忌子に母親はいないが、それでもその異常さはわかる。
「もちろん一緒についていって近くで待機してるさ」
仲間の言葉に、秀俊は息を吐きつつ覚悟を決めた顔でうなずいた。