第八話 出会い

 病院を受診して離れに戻ると忌子はまたひとりになった。清司も付き添ってくれるかと期待したが、そんなことはなく社務所に戻ってしまった。寂しさを感じつつも、これが今までの日常だったと思い直す。

 布団に入っても日中に寝てしまったため眠りにつけない。しかもなにもしないでいるとどうしても頭の中に学校での出来事が浮かんできてしまう。

 結局カーテンの向こうがだいぶ明るくなってから、少しまどろんだだけだった。

 目が覚めると腹痛は治まっていたものの気だるさが全身を襲ってくる。時計を見ると十一時ごろだった。数時間は眠れていたはずだが、そんな感覚はなかった。

 このまま横になっていたいが、じっとしていると余計なことを考えてしまう。そのため忌子は神社に顔を出すことにした。日中は清司に会うことはほとんどない。だから勝手に神社に来たことをとがめられる心配はほとんどないはずだ。忌子はシャワーを浴びてから巫女装束に着替えて、龍奉神社へと向かった。

 龍神橋を渡るときにいつものように龍神川に一礼する。見える景色はいつもと変わらず陽の光が反射して龍神川はきらめいている。しかし忌子にとって、そこに美しさを感じる余裕はなかった。龍奉神社にたどり着くと、わずかだが気持ちが落ち着く。神聖な場所で清められていく感覚がこのときばかりは何よりもありがたかった。

 境内にバイトの巫女が通りかかったため会釈するが、彼女は忙しいのか足早に離れてしまった。

 とりあえずは境内をきれいにすることから始める。今の忌子にとっては穢れを取り除くという行為こそが、気持ちを落ち着けるのに必要だった。

「巫女さん?」

 竹箒を手にして境内のごみを掃いていると突然後ろから声をかけられた。振り返ると胸のあたりまで茶髪を下ろしたパンツスタイルの女性がこちらを見つめていた。

「はい。何か御用でしょうか」

 ぱっと見の雰囲気から地元の人というよりは観光客という印象だ。サングラスをかけ、なんとなく立ち居振る舞いが洗練されていると感じる。別にそんな人は、地元にもいるのだろうが垢抜けている感じが都会っぽい人だなと思う。

「最近、何か変なことが起こったんじゃないかい?」

「へ?」

 いきなり突拍子もないことを言われて変な声が出る。

「君から呪いの雰囲気を感じる。何か手助けができると思って声をかけたんだ」

「のろい?」

 言葉の意味が理解できずにオウム返しする。徐々に頭の中で呪いという言葉が浮かぶ。しかし言葉の意味がわかっても、彼女が言っていることは理解できなかった。

 もしかして何か売りつけるための霊感商法かもしれない。最近見たニュースでもお寺に来た外国人観光客にお札を売りつける偽の僧侶がいると言っていた。でも祭りも終わって人もまばらになった神社でやることだろうか。しかもわざわざ神社の人に対して。

「いえ。そんなことはないです」

 会釈して、少しずつこの場から離れようとする。

「待ってくれ!」

 いきなり手首をつかまれて小さく悲鳴が漏れる。いくら女性とはいっても見知らぬ人なら恐怖を感じる。

「八乙女さん?」

 聞き慣れた声に振り返ると、秀俊が両肩にひとつずつスクールバッグを下げながら立っていた。

「バッグを届けにきたんだけど、ちょっとただ事じゃなさそうだったから」

 その言葉を聞いて助けを呼んでもらおうか逡巡するが、そのタイミングで手を離される。

「いや。誤解しないでくれ。別に誘拐しようとしたわけではないんだ」

 誘拐じゃなかったとしても怪しい人に変わりはない。筋違いの弁明をする彼女とさらに距離を置く。秀俊に助けを頼もうと思った矢先にまた別の男性の声がした。

「ちょっと仲間さん! また勝手に行動して」

 そこには昨日診察してくれた医師が駆け寄ってきていた。なぜあの人がこんなところに? 疑問が頭の中を埋め尽くす。信頼できると思った人が目の前の怪しい人と知り合いのようだ。その不自然さに混乱してしまう。

「ごめん。この人ちょっとというか、だいぶ常識がないから。……あれ? 君は昨日の」

 どうやら彼も私のことを認識したようだ。仲間という不審な女性の間に入ってくれる。

「どういう意味だ! 私は彼女のためを思って」

「だからといって、いきなり声をかけたら、不審がられるに決まってるでしょ。いつも言ってるよね。勝手に行動しないでって」

 彼の後ろから彼女の声も聞こえてくる。どうやら似たようなことが前にもあったようだ。

「とりあえず体調は良くなったんだね」

 昨日のことを心配してくれているのか、彼はホッとしたような表情を見せている。

「ええまあ」

 状況の変化についていけずに曖昧な返答になる。

「それと、かばっておいてこんなことを言うのもなんなんだけど、彼女の言ってることを信じてくれないかな」

 急に彼が裏切ったかのような発言をして、忌子は戸惑うばかりだった。

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